揺れる視界



ー誰かの前で泣くことなんてもうないと思ってた。



叶わない恋。
気づいた時にはもう手遅れだった。


好きで、好きで、好きで。


けどあいつにはいつも隣で華やかに笑っている人がいた。
幸せそうな二人はまるで何処かに飾られている一枚の絵画のようで。


ー好きなんだ、隣で笑っているその人が。


付き合っている、そう言われなくてもすぐに解った。
だって自分には見せない顔を、させれない顔をしていたから。

初めて見た時はただ、ただそんな顔もするのだと驚かせられた。

ずっと見ていたはずだった。
あの人の全てを見ていたはずだったのだ。

だから自分にも知らない顔があるなんて信じられなかった。


ーあんな幸せそうな笑顔。


自分には一回も見せてはくれなかった。


ー特別なんだ、その人が。


すぐにそう思った。
そして思い知らされた。
自分がどんなに頑張ってももう付け入る隙など微塵にも残ってないのだと。


ーあぁ、失恋したんだ。


ぼんやりした頭の中でふとそんな事がよぎった。
けど不思議と涙は沸いては来なかった。



・・・・だから。


だからこのまま涙なんか出ないように、何もしなくて良かったのに。


何で、お前はそんなに残酷なんだろう。


夕焼け色に染まる教室。
響く音は、お前の残酷な声だけ。


「俺、付き合ってる人がいるんだ。…もう気づいてると思うんだけど。」


…やめろ。


「好きなんだ。あいつのことが。宍戸は俺たちによくしてくれてるし、何より友達だからちゃんと知らせたほうがいいと思って。」


…やめろ、友達だなんて思ってない。
…出来るならずっとお前の隣で誰よりも傍にいたかった。


「そんなわけで、さ。これからも俺たちの事よろしくな。」


そいつの言葉は鋭い凶器となってどんどん自分の心を傷つけていった。

彼に気付かれないようにスカートの袖を強く握る。
スカートに皺が出来るなんて関係なかった。

そして強ばった顔の筋肉を無理に動かして何とか笑顔を作る。

「良かったじゃねぇか。って言ってもすぐに解ったけどな。お前ら雰囲気醸し出し過ぎなんだよ。」


心のなかで何時も通りの声が出たことに安心しつつ、それでも早口でまくし立てた。
そして、彼の背中を強く押す。
彼は戸惑ったような感じで自分の名前を呼んだけどそんなの気にする余裕なんて今はなかった。

今はだだ、目から涙がこぼれ落ちないようにするのに精一杯だったから。


「おら、幸せなやつはさっさと行った。お前のその大好きな誰かさんがさっき探してたぜ。早く行ったほうがいいんじゃねぇの?」


すると彼の顔色が、がらりと変わった。
さっきの戸惑った様子など微塵もなくなっている。
きっと今の彼は大切な人のことで頭がいっぱいなのだろう。

それを見届けてもう一度彼の背中を強く押した。


「いってらっしゃい。頑張れよ。」

「おぅ、サンキューな。」


ーやっぱりあの笑顔は見せてはくれないんだな。


そう、思ったらもう止められなかった。

扉が閉まる音と同時に床へと崩れ落ちる。
何時もなら汚いと思うその床の汚れも今日だけは気にならない。


「――ッ、好きだ。好きだ。好きだ。」


本人の前で言えなかった想いを涙と一緒に音として紡ぎだす。

「好き、好き…なのに。」


嗚咽が止まらない。


ーなぜ、俺じゃ駄目なんだろう。





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