★
□本心はどこにある?
2ページ/3ページ
セカンドステージチルドレンがワクチンを受け入れ、多少の差違はあれど子供達は能力を失い普通の子供へとなっていった。
フェーダの幹部の存在となるフェイ、ギリス、メイア、サムス達も何一つ問題なく能力を失い、今までの事件など無かったかのように同じ年頃の子供と仲良くしたり遊んだりするようになる。
全てがうまくいったかのようにも見えたが、大人達も子供達も心からは喜べなかった。
「サル、入るよ」
扉を開けると、まだベットで寝息をたてているサルがいる。フェイはそっと近付き、頭を撫でながら顔を見つめた。
(やっぱり顔色が悪いな…。髪の色も変色してる…。いや、髪は“元に戻っている”のかも……)
光の具合では銀色にも見えた白髪は茶色になりつつあるのか、所々がベージュの色になっている。
頭を撫でていると、静かにサルを目を開く。その瞳の色も、紫は薄れて青とも灰色ともつかない色になっているのだ。
(まるで…これは…)
「フェイ…?ぁ、ごめん気付かなくて…」
「ううん、こっちこそ起こしたよね?ごめん」
「そんなことないさ、来てくれて嬉しいよ!すごくヒマだもん!」
ぎゅっと抱きつくところを見ると、今日は調子が良いようだ。
「まったくボクだけ副作用が起きるなんてね、本当にたまんないよ!今すぐ皆みたいに遊んだりしたいのにさ」
「そういうこと言わないで安静にしててよ、治りが遅くなるから。僕達は君が早く良くなるのを願ってること、分かってるだろ?」
サルを体から離してベットに再び座らせると、膨れっ面になって頷いた。
「でもヒマなのも分かってよ、本当にやることがないんだ。フェイ達が来てくれないと寝るしかないから」
「サル、厚い本を渡しても1日で読み終わるからね」
「ゲームなら3〜4日くらい潰せるけどね」
「完全クリアして裏技まで編み出してるよね」
「本当はお菓子作ったりとかしたいよ」
「サルの料理、美味しいよね。僕達皆大好きだよ」
「早く、普通の子供になりたいなぁ…」
「うん、そうだね…」
「そうして、ボクも学校に行くんだ。フェイ達の話を聞く限り、悪いところじゃなさそうだしね」
「うん、楽しいよ。友達もたくさん出来る」
「学校を進んでいって、大人になるんだよね!どんな大人になれるかなぁ?」
「きっとサルなら素敵な大人になれるよ」
フェイから言われたことが嬉しいらしく、えへへ〜と笑う。ラグナロク以降、サルはこうしてよく笑うようになった。ふにゃふにゃと笑う顔に、思い出されるものがある。
「天馬みたいだね」
「え?天馬?」
「うん、笑うと更にそっくり」
「へー…。これが遺伝なのかな…?」
頬に両手をあて、もう一度笑顔を浮かべて似てる?と首を傾げる。
「うん、そっくり。思い出すよ」
容姿だけの話ではない。
最近では表情も豊かになったため、本当に天馬に似てきたと思う。ただ違うところがあるとすれば、天馬に比べるとサルの方が子供っぽいという点だろうか。
「えへへ〜、天馬と一緒だ」
「本当に…そっくり…」
フェイはサルの髪を触ると、そのまま頭を撫でる。
「んー?何ぃ?」
「……別に」
「?うん、いーや!」
形は違うが、重力に逆らうような癖毛の髪。その人を丸ごと映せるような大きな瞳。器用な手先。
元々、子孫というだけはあり似ている点は多かった。それが今では、まるで双子のように外見すら似つつある。
「……フェイ、君ばかりサルに構うのはズルくない?そろそろ交代だよ」
「ぁ、ヴァンフェニー!」
「……ヴァンフェニー…」
フェイは睨むようにヴァンフェニーを見るが、彼にそれが効くはずもない。ツカツカと近付き、そっとサルの額に口付けを落とす。
「今日は体調が良いみたいだね」
「うん!外に出れると思うよ!ねぇヴァンフェニー、連れてって?」
「ふふっ、そんな可愛い顔してもダメ。僕には通用しないよ?」
「えー?むー…」
「そんな顔も可愛いね。ほら、そろそろ薬の時間だよ?」
「これ飲むと眠くなるから嫌いだなぁ」
「そうなの?」
そうなの、飲みづらいし!と強く言うサルに、ヴァンフェニーは再びクスクスと笑って薬を手に取った。
「なら、飲ませてあげる」
ヴァンフェニーは薬を自分の口に入れ、水も含めてサルの顎を上げる。流石にそこまでされて飲まないとは言えないサルは、静かに目を閉じて口を開けた。
「…んっ……、むぅ…。やっぱり苦い…」
「でも飲めたじゃないか」
最後に額に口付けると、サルを横にして布団を被せる。
「ヴァンフェニー、ガルシャアは?」
「彼は午後来るそうだよ。僕だけだと寂しいかい?」
「うーうん。ヴァンフェニーもだーいす…き…」
強力な薬だからだろう。ヴァンフェニーに手を伸ばしかけたが、届くことなく眠りについてしまう。彼はサルの布団を整えると、フェイに笑みを見せる。それは、サルに向けるものとは明らかに違う。
「ねぇ、フェイ・ルーン。サルが怪しく思ったらどうする気なのかな?」
「だったらヴァンフェニーは心配じゃないの?!サルは能力を失ったがために命を落とすかもしれないんだよ?!」
フェイの声は大きかったが、薬の強さを知っているためにヴァンフェニーも特別牽制をしない。代わりに溜め息を吐き、少しだけ眉を潜める。
「フェイ、うるさいよ。もう少し声を絞れないの?」
「だからヴァンフェニーは……!」
「命を落とす確率は50%。確かに命を落とす未来もあるけれど、助かる未来だってある」
「今、例え命が助かっても5年後までは安心出来ない。5年の間に1度でも…」
「泣くくらいなら来ないでくれる?それとも、僕が追い出してあげようか…?」
ハッと気付けばフェイの頬には涙が伝っており、ヴァンフェニーの言葉もあってか口を閉じた。
「僕らよりサルと長くいたくせに、君はサルのことを何も分かってないのかな?少しサルを見くびっているね…」
「…………。」
「僕はもう帰るよ。君もそろそろ帰った方がいい、サルに泣き顔を見られたくなければね」
静かに強く言い残すと、ヴァンフェニーは部屋から出ていった。残されたフェイは涙を拭い、眠るサルの頬を撫でる。
「長くいるから…なおさら失うのが怖いんだ…。それに…」
後の言葉は、口にでなかった。
ラグナロクを終え、天馬達が過去に帰る日を思わず思い出してしまう。
『て、天馬…。最後に、言ってもいいかな?』
『やめようよ、フェイ。最後だから、なおさら。分かってるからさ…』
そう言って寂しそうに、切なそうに笑った顔が今でも頭に鮮明に浮かび続ける。
忘れられない、諦めきれないのだ。
しかし、もう会えることはない。
「君は僕の恩人だよ、サル。どんな時だって君のためなら僕は戦える。それぐらい君のことを大事に思ってる。そして…」
最近天馬に似てきた君に、恋愛感情すら抱き始めてしまった。
小声で、最後は心だけで告げる。
子孫だから、似ているから。
恋愛感情を抱き始めたのが最近でも、そんな理由だけで人を好きになるとは思えないフェイは、本当はもっとずっと前から想っていたのかもしれないと考える。
いや、そう考えたい。
必ずサルの役に立つ男になる、そう決めた日から。出会ったあの日から。
だけど、本当は天馬の代わりにサルを好きになろうとしているのではないだろうか。
ふっとたまに浮かぶ疑問はすぐに消してしまう。
認めたくない一心で。
いや、そう考えると本当に代わりに好きになるかのようだ。
「……なんか、もう頭が混乱してきた…」
頭を振り、すやすやと眠るサルを見る。
「……君は、僕をどう思ってるのかな?サル…」
眠るサルから答えが返ってくることはない。フェイはサルの手の甲に口付けると、静かに病室から出て行った。
【完】