□君といる時間が幸せ
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「ねぇサリュー、明日は久しぶりに2人きりの休みだね」
「そうだねぇ」

伸びた髪を人差し指でくるくるといじりながら僕に微笑むサリュー。
僕は結婚してから、サリューをサルを呼ぶことはなくなった。

「でも、子供達がいないと寂しく感じるものだね」
「そのうち本当にいなくなるから、寂しくならない練習でしょ?こういうイベントは」

サリューが写真立てに目を向ける。そこには僕達2人と、3人の子供達。女の子2人と男の子の姉弟だ。
3人の子供達は修学旅行やら部活の合宿、学童のキャンプファイアーに行ったりでもうこの家にいない。
子供達のいない時間がこんなにも静かだというのは、きっと将来ずいぶんと感じることだろう。

「ねぇサリュー、明日せっかくだし何処かへ行かない?」
「明日…?」

サリューは仕事をしている。
僕の稼ぎが少ないからでなく、純粋に仕事がしたいからと。だから少しでも体調不良を感じたらすぐに休んでくれるため、僕も心配せずに仕事が出来る点では嬉しい。
しかし、そのせいでこんな風にせっかく2人になれそうな日も片方が仕事で1人というのもよくあることだった。
だから、明日はサリューと思いっきり楽しみたいと思う。

「そう。今流行っている映画でもいいし、この間オープンしたばかりのカフェでもいい。何処か行きたいところはない?」
「…………。」

サリューはちょっと考え、すぐに笑顔で答えてくれた。

「何処にも。行きたいところなんて無いよ」
「え…?」
「明日は家でのんびりしよう?ゆっくり2人でお茶でも飲みながらさ」
「別に、何処でもいいのに…」

思わず溜め息をつく。サリューはニコニコ笑ったままだ。
僕は時々、あまりサリューが分からない。結果的には良い方法でもその過程が面倒だったり、突発的なのはよくあることだった。もしかしたら今回も少し疲れが溜まっているから休みたいということかもしれないが、それなら直接言ってほしい。

「ぁ、そういえばお風呂沸いていたんだった。先に入ってもいい?」
「どうぞ」

ありがと、と一層可愛らしい笑顔で言い、リビングから出ていく。その顔は、僕らが学生だった時代のものと変わっていない。サリューは童顔だから尚更だろう。
そういえば…先週の休みに動物園行ったらサリューに高校生用のチケットが渡されて笑っちゃったなぁ…。サリューはかなり怒っていたけどね。

「にしても…何処にも行きたいところなんて無い…ねぇ」

サリューは基本的に素直で嘘はつかない。だからこそ、明日行きたいところが無いのならば本当に無いのも分かる。
けれど、僕の本音としては本当に何処でもいいから何処かへ行きたいと思う。サリューと2人で、何かを楽しみたかった。

「………サル」

家族の写真の隣、まだ学生だった僕らの写真に写るサリューに言ってみる。
久しぶりに言ったな、この名前。
その名前を呼べば、まるでアルバムを広げるように昔の記憶が甦る。

サル、そういえばメイアと仲良くお菓子よく作ってたなぁ…。そのお菓子って、僕とかが食べる前にガルシャアに半分以上食べられて悔しかったな。
昼休みになる度、サルに会いに来るヴァンフェニーが嫌いだったっけ。
ギリスはサルのお兄さんみたいで、サルが甘えていた時には素直に敗北感を感じたのも覚えてる。
僕らのサッカーチーム、最強だったよね。サルのシュートを止めた奴なんてほとんどいなかった。
サルってかなりモテてたな。毎日のようなラブレターの処理やストーカーの始末は面倒だったよ。それは大人になってからもだけどさ。
そんなに皆から愛されていたサルは…ずっと僕の傍にいる。僕の他にも…君を愛してくれる男はたくさんいたのに。


「フェイ、上がったよ。次どうぞ」
「サル…」

ぁ、しまった。うっかり。
でもサリューは気にしてないようだった。

「あはは、懐かしい呼び方だね。もしかして、学生時代の思い出に浸っていたの?」
「ん、まぁね。……ねぇ、サリュー…」
「何?」

可愛らしく小首を傾げて僕を見つめる。
うん、君はいい意味で何も変わらずに大人になったんだね。

「僕のどこに惚れたの?君は」
「どうしたの?唐突だね」

僕の隣に座ったサリューは、何も動じずに答えてくれた。

「君は泣き虫で寂しがり屋で、嘘がつけなくて感情を素直に出してしまうタイプだね。けれど、自分の信念を曲げない強さも人の痛みを分かってくれる優しさも持っている。ボクは…そんな君に愛されて、そんな君と一緒にいれるだけで幸せだよ」
「サリュー……。……っ!」

ふと、思い出した。
そうだ、あの時サリューは…

『何処にも。行きたいところなんて無いよ。明日は家でのんびりしよう?ゆっくり2人でお茶でも飲みながらさ』


「そうか、そういうことか…」
「フェイ?」

サリューが僕を見上げる。
中学まで同じだった身長も、高校になれば僕の方が高くなった。

「サリュー、愛してる」
「……ふぇ、い…?」
「僕は…僕も、君と一緒にいられて幸せだよ」

最初は分からないと言いたげに首を傾げていたサリューだが、頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。

「ねぇ…君を愛したい…」
「……ふふっ、またお風呂入らないとね」

抵抗する様子は一切なく、僕の首に腕を回す。

「サリュー、君は本当に可愛いね」
「ありがと」



翌日は、結局サリューのご要望通りゆっくりしていた。お茶を飲みながら色々な話をして、思い出に2人で浸る。
子供達の帰宅の時間が近付くと、お腹を空かせているだろうからとサリューはケーキを焼き始めた。健康を考えて、野菜をたくさん入れたケーキを。

「フェイ、先に一口食べちゃう?」
「なら頂こうかな?僕も食べたくなっちゃったし」

サリューは料理が上手い。今回のケーキも、野菜の感じなんてほとんどしない甘めのケーキだ。


「ママー、パパー、ただいまーっ!お腹空いたぁー!」

先に帰ってきたのは、一番下の末っ子。サリューの読み通りお腹を空かせている。
上2人も、そろそろ帰ってくるだろう。

「おかえり、ケーキがあるよ」
「早く手を洗っておいで?」
「はーい!」

手を洗いに行く音と同時に、扉の開く音がする。騒いでいるから、2人一緒だな。

「家族が揃ったね」
「そうだね」

賑やかな日常が、再び訪れる。

【完】
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