マリアンは三日間部屋にこもっていた。
食事はメイドに持って来させてベッドで食べ、日がな一日ベッドにもぐりこんでいる。ケンドリック氏は最初のうちは拉致のショックから立ち直れないのだろうと、そっとしておいたが、三日目になるとさすがに心配になり、婆やのマーサに様子を見てきてくれと頼んだ。
マーサが部屋に入ると、マリアンは薄暗い部屋の中ベッドの上に半身を起こし、金茶色の巻き毛の端を噛みながらぼんやりと窓の方を眺めていた。
「お嬢様、お加減はいかがですか?」とマーサが声をかけると、
「ねえ、マーサ、私、美人だと思う?」と消え入りそうな声で聞いてきた。
いつも自分は綺麗だという自信に満ちているマリアンの言葉とは思えなくて、マーサは一瞬答えに窮した。
「お嬢様ほどお綺麗な方はこの界隈にはいらっしゃいません。」と確信に満ちた調子で答えた。
「私よりずっと綺麗な人に会ったの。」マリアンは彼方を見るような目で言った。
「でももうたぶん会えない・・・」
「まあ、それは、それは・・・」マーサもなんと答えていかわからず、曖昧な答えを返すと、マリアンはそれきり黙りこんだ。
マーサはそっと部屋を後にして、ケンドリック氏に報告した。
「お嬢様は少々気鬱でらっしゃるようです。まるで失恋でもなさったみたいに。」と話した。
「そうか・・・色々ショックだったんだろう・・アレは華やかな事が好きだから、パーティーにでも出ると少し気晴らしになるかもしれない・・・」
ケンドリック氏は溜め息をつきながらつぶやくと、マリアンの部屋をノックした。
「マリアン、大分元気がないようだが、神羅のパーティーなんて出る気はないかね?」
ケンドリック氏がそういうと、
「神羅のパーティー??!!!」マリアンはいきなり叫んでベッドからはね起きた。
「ぜひ出たいわ!!いつなの??」
「明後日だ。気晴らしに私と一緒に出よう。マックスウェル大佐にもきちんとオマエからお礼を言ったほうがいいしな。」急に元気になったマリアンにまごついたが、とりあえず元気になった様子にケンドリック氏は胸をなでおろした。
神羅のパーティーは、地元の有力者を招待してまあ馴れ合い的な親交を深めるものだ。マリアンにはそんなことはどうでもよかった。
ドレスアップして父親と腕を組み、ニコニコしながら会場を挨拶してまわった。
マックスウェル大佐が二人を見つけると大股で歩み寄って挨拶をした。
「やあ、ミス・ケンドリック!お元気そうで何よりだ!」
「ほら、マリアン、ちゃんとお礼を言いなさい。」ケンドリック氏が促すと、マリアンは極上の笑みを浮かべて大佐に挨拶した。
「本当にストライフ伍長にはお世話になりましたわ。彼がいたら、ぜひお礼を言いたいのですが・・・」マリアンが期待に胸を膨らませて大佐に言ったが、返ってきた答えはマリアンの意気をくじくものだった。
「ああ、今日のパーティーは士官とソルジャー1stしか出てないから、彼は出席してないですよ。伝えておきましょう。」
マリアンは期待してただけにショックが大きく、足がふらついて父親の腕にしがみついた。
「彼の直属の上司、ザックス・フェア中尉ならいますよ。ストライフ伍長は彼の副官だから、伝えておいてもらうといいですよ。」
大佐はマリアンのショックなどまったく気づかず、会場の向こう側にいて、コンパニオンに囲まれて笑ってる、黒髪の背の高い青年を顎で示した。
あら、あの中尉だわ・・・
マリアンは急にむしゃくしゃしてきた。当たり前のような顔をしてクラウドの笑顔を見てたっけ。彼もなかなかの美青年だ。大柄で背が高く、ひきしまった浅黒い筋肉質の体付きをしてる。
最後に見た二人の姿が脳裏によみがえる。どう見ても上司と部下ではなかった。親友?それも違う・・・
何度もあの映像が頭に浮かぶ。
マリアンは考えるのは苦手だった。
金髪のコンパニオンと楽しそうに話をしてる中尉の近くに近づくと、通りすぎる振りをして思いっきり足の甲を踏みつけた。
かなり痛いはずだ。今日の靴は8cmのピンヒール。それも最新流行の金属製のヒールだ。
さすがに男は痛いとわめかない。もう一回力をこめて踏みしめた。
「あの・・・レディ・・・」ためらいがちに声をかけてくる。
「ヒールが私の足に乗ってますが・・・」
マリアンは振り向いた。中尉の顔に怪訝そうな表情が浮かぶ。この顔は・・・
私のことを忘れてる、完全に。
ますますむしゃくしゃしてきた。
もう一回思いっきり踏みつけると
「マリアンです。よろしく。」と言いそこから立ち去った。自分なりに威厳たっぷりに。
少し離れてから振り返るとポカンとこっちを見てる。
マリアンは脇を通ったウェイターから熱いコーヒーを受け取った。それを片手にまた中尉の方に引き返す。
狐につままれたような顔をしてマリアンを見てる中尉の横を通り過ぎる時、熱いコーヒーをよろけた振りをして中尉の服にこぼした。
「熱い・・・」まだぽかんとしてる。いい気味だ。マリアンは知らん振りして後ろでコンパニオンたちに大騒ぎして服を拭いてもらってる中尉の顔を振り向きざまに眺めた。
なんでこんな目に会ってるのか全然わからないのだろう、ふん、バカっ面してこっち見てるわ。思わず舌を出しそうになったがこれは自重した。
ちょっとばかり溜飲を下げると、マリアンは父親の元に戻った。
「マリアン、中尉に挨拶はしてきたのかね?」ケンドリック氏が聞いたので、
「ええ、私なりに。」と答えた。
ケンドリック氏はマリアンの返事をろくに聞かず、基地のトップの人たちと談笑しだした。
今日はクラウドに会えなかったのは本当に残念だった。
でもパパはこの基地に出入りしてる有力者だ。
まだきっと機会はある。マリアンの胸の中にふつふつと闘志が湧いてきた。
ケンドリック家のものは意志が強いのよ。しつこいしね。そうやってのし上がってきたんだって前にパパから聞いた。
心の中で拳を握り締めると、マリアンは周りにいる士官たちに愛想をふりまきながら会場を後にした。
約一名、理由のわからない災難に頭をなやませてる士官を残して。
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