「………み…さん、七海さん!!」

「……ん?ん〜……ふわぁ…………、って、体痛ぇ…」





七海哉太が目覚めたのは、そろそろ夜も明けようかという、だだっ広い大草原のど真ん中。

そこは、日本には到底ありそうもない風景。
それもそのはず、ここは日本ではないのだから。



そして起きてすぐに、哉太の体が痛むのも当然だ。
昨夜よりこの草原で星の写真を撮影しに来ていた彼は、いつの間にやらその状態のままで眠ってしまっていたのだから。



そんな哉太を叩き起したのは、哉太のパートナーとも言える日本人クルー。
外国語がからっきしな哉太のために通訳もしてくれるし、天文写真についての知識も豊富な、仕事先には必ずついてきてくれる頼れる相棒だ。





「んだよ、こんな時間に……」

「そろそろ支度して下さい!遅れますよ?!」

「遅れるって、何にだよ…、ふわぁ」





その相棒の他にも、哉太の周辺には顔見知りの外国人同業者の姿が多く見えた。
皆、どうやら明け方の星空の撮影をしているらしい。



急かすように支度を促す相棒をよそに、皆に負けじと哉太もカメラを手にし、レンズを空へと向けた。





「な、七海さぁん………、遅れちゃいますってば

「…起きたてのわりに、今日は調子いいな。………よしっ」





カシャッ。



起き抜けだというのに、まるで子どものように夢中になって、明けていく空にカメラを向けシャッターを次から次へと切る哉太に。
相棒は遂に、急かす事を諦めた。





「さすがはプロですね。まぁ、撮影の最中に寝てしまうのは感心できませんが」

「っ、うっせ!……いい夢見れてたんだから、いいだろうが」

「夢、ですか。どんな夢か、聞いてもいいですか?」

「……し、仕方ねぇな。ほんの少しだけ、だからな……」





そう言うと哉太は。

空に向けていたカメラを地にそっと置き、両手の人差し指と親指で四角い枠を作ると、その間から空を覗いた。



すると当然そこにできあがったのは、真四角の星空。





「俺が昔、体弱かったって話は知ってるよな?」

「はい。今の七海さんからじゃ、到底想像もできませんけど……」

「だから昔はさ、俺、こういう空を見ることが多かったんだ。病院の窓枠型の、四角い星空。俺は………それが大っ嫌いだった」





それなのに、今の自分は。
フィルター越しに見える、大嫌いなはずの四角い星空を撮ることを生業とする、天文写真家となって海外を渡り歩いている。



その矛盾に、相棒も気づいたのだろう。





「じゃあ、どうして……七海さんは、天文写真家に?」

「……写真で見えるのは、ただの四角い星空だけじゃないって気づいたんだ」





最初、星空の写真を撮り始めた理由は確か。

四角い星空が好き、嫌いどうこうではなく、いつ消えるともわからない、自分の命の灯……、その証を残したかったからだったような気がする。



それがいつの間にか。

成長し、自分の命の灯が長らえたことを知り、その間に写真を撮り続ける理由も変わっていった。





「確かに、七海さんの写真には広がりを感じますよね!写真に写っているのは星空の一部なのに、まるでそこに宇宙が見えるような……」

「んな大げさなものじゃねぇって。俺はただ………」

「…………ただ?」





―――……私、哉太の写真…好きだな。





今の哉太が、写真を撮り続ける理由。

それはきっと、昔よりも物凄く単純で。





「お、俺がこうして見てるだけじゃ……、一緒に同じ星空を見れねぇヤツもいんだろ?だから、写真を撮って、一緒に同じ星空を見たいって思った………、それだけだ」

「じゃあ、見た夢っていうのは……?」

「ここまで言ったら、聞かなくてもわかるだろうが…………。だっ、だから…、俺にそう思わせてくれたヤツとの、夢を、だな

「あ〜〜〜っ!!!」





相棒の突然の叫び声に、哉太が空に向けていた四角い枠が取り払われる。



四角い枠が取り払われた空に、既に星はなかった。
天文写真家として活躍する哉太の仕事終了の時間を告げる朝日が、地平線から顔を覗かせていた。





「な、なんだよ急に叫びやがって

「こんな話してる場合じゃありませんでした!七海さん、早く支度して下さい!!間に合いませんよ?!」

「こんな話………って、お前がしろって言ったんだろーが!!んで、それより、何そんなに焦ってんだよ、さっきから」

「やっぱり忘れてるんですね………!!七海さん、今日は、」










数十分後。

慌てて機材を車に詰め込んで、草原を後にしようとする哉太と彼の相棒の姿を、哉太と顔見知りの外国人同業者が見つける。





「Hey,Kanata!! Where do you go to so hastily?」





相棒の通訳を介さずとも、この状況から、おおよその質問内容がわかった哉太は。

声をかけてきた外国人同業者に、にかっと笑って、左手の拳を突き出してみせた。





その薬指にあったのは、朝日を受けて輝く……一つ星。

同じ輝きの星が、日本で待っている。



そう。

相棒があんなにも自分を急かしていた理由、それは。





「……ウエディング、だよな?結婚式…、俺とあいつとの結婚式のために、日本に帰るんだ!!」




















窓枠型に切り取られた、真四角の夜空。

真四角の星空。



空ってのは果てしなく広いもので、世界のどこにいようが逃れられやしないし、それどころか鬱陶しい位について回ってくる。



そんな当たり前のことですら、何時間も何日も何週間も、一人で四角い空ばっか見てると……、忘れそうになった。

ガキだろうと、大人だろうと関係ない。
だって俺は昔から、こんな四角い空なんかじゃなくて、広大な宇宙……それに誰かと一緒に見る、無限の夜空の美しさ。
幸か不幸か、それを知ってしまっていたから。



だから俺は、真四角の夜空を拝まざるを得ない病院で、毎晩一人で泣いていた。

真四角の夜空が寂しくて。
一人が悲しくて。





―――……かなちゃん!





なぁ、お前は覚えてるか?



あの夜、お前は俺を真四角の夜空から連れ出してくれた。

一人ぼっちから、救ってくれた。





―――……おほしさま見にいこうよ、かなちゃん。私といっしょに。





あの夜に思ったんだ。

俺はいつでもいつだって、お前だけに、





















あとがき

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