遥か

□何よりも甘いキスを。01
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「え…。」


手に持っていた買い物袋がどす、と音を立てて落ちる。ぐしゃ、という音もしたからさっき買った卵も割れているかもしれない。本当は早く拾いたいのだが、驚きのあまりそれもできずにただぽかんと馬鹿みたいに口を開けて目の前にいる一人の子供を見つめた。

一人暮らしの私のアパートの一室に、私が買い物に出ていた数十分の間に突如として現れたその子は、もちろん私が知っている子だったらそれほど驚く必要もない。見知らぬ子なのだ。

金髪のくせっ毛がふわふわと揺れる中、こちらに向けられた顔は恐怖で歪んでいた。



兎に角、突っ立っていては物事は何も解決しない。私は買い物袋やその中の卵の存在は無視してその子に近づいた。
とたん、その男の子(男の子だということは近づいてわかったのだけど)は体をびくりと震わせた。


…怖がらせてしまったのだろう。
目線が男の子と同じ高さになるように膝をつき、しゃがみこんで柔らかい声で尋ねる。


「ぼく、どこから来たのかな?」


すると、幼い子供特有の声で返ってくる。

「わ、かんない…きがついたらここにいた…」


ぎゅ、と服を握り締め男の子は辛そうに答える。

その時私は重大なことに気がついた。


「着物…?」

その男の子が来ている服は私が今着ているような洋服ではなく、昔の…少なくとも江戸時代より前の農民が着ているような着物だった。
それに、よく見るとその着物の所々が焼け焦げている。


もっとそれをよく見ようと近づいた時だった。

「ぼく、どこか火のあるところに……―!?」


いたのかな?と尋ねることは出来なかった。
何故なら、男の子の左側の鎖骨あたりから頬にかけて赤く腫れ上がったのを発見したのだ。

服が焼けているのを見ても、この子は何処かで火事にでもあったのではないか。そしてこの赤く腫れ上がったものを火傷だとするなら、早く冷やさないといけないことぐらい素人目からみてもわかる。


「早く冷やさないと…。」

お風呂場に男の子を連れて行こうと手を握ると、ぱしっ、と渇いた音がした。
私の手が払いのけられたのだ。

「ご、ごめんね…痛かった…?」

「ちがう、ぼくオニだから…さわっちゃいけない…。」

「おに…?」

私が見る限り、この男の子にはそれとわかる角もなければ鋭い牙もない。


「きみのどこが鬼なの…?」

「だって…!このかみのけだって、めのいろだってほかのひととはちがう…!」

最近も外国人の子供をいじめるようなことを子供たちはしているのだろうか。随分国際色豊かになっていく日本だから子供たちも慣れているものだと思っていたが。


今度近所でそんな場面を見かけたら子供たちによく言い聞かせてやろうと思いながら、私はその男の子を抱きしめた。


「私はとっても綺麗だと思うけどな、その髪の色も目の色も。」

男の子は驚いた顔で私を見る。

「皆と同じ必要なんて無いし、ほら、髪の毛キラキラ光ってて綺麗だよ。」


ライトの光が髪に反射して、金色の髪はキラキラと光彩を放っていた。

「ぼくのこと、こわくない…?へんじゃない…?」

恐る恐る、でも真っ直ぐな眼差しで私のことを見てくる。

ああ、なんて可愛いんだろう!蒼潤な瞳はうるうると私を見上げる。


「全然!可愛い男の子だよ?」

ぎゅ、と抱きしめながらそれを言うと、最初は強張っていた体の力が、ほふ、と男の子が息を吐くことで抜けてきた。


「ぼく、お名前は?」

言えるかな、と思いつつ尋ねると、以外にもはっきりとした口調で彼は答えた。

「…リズヴァーン。」


ああ、やはり外国人の子だったんだ。

「リズヴァーン君じゃ長いから、リズ君でもいいかな?」

私がそう聞くと、リズ君は正に、花のような笑顔で了承してくれたのだった。
少しの照れで赤みが差した頬と共に。


(リズ君、ほっぺ痛くない?)

(…痛い。)

(じゃあ冷やしに行こうか。)

(…うん!)

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