Ge×3

□連載1
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匣入少年








掴むことの出来ない水など、
乾いてしまえばいい。

まだ毒を飲み干せば、
死ぬ前に潤される。








06:対峙と異変











あれから蒼坊主は、
急いで部屋へと戻った。

否、戻るしかなかった。



「くそっ…!」



此処では蒼坊主に権利も、
自由も無い。
そして、鬼太郎にも。

蒼坊主はただ部屋に篭る他無い
自分を恥じるしかなかった。

しかしその中でも、
何か自分が鬼太郎に
出来ることは無いか、
模索し続ける。



「……なにか、無いか…」

「…おい。」

「?」



開いたままの襖の前には、
目付きの鋭い鴉天狗がいた。
それは鬼太郎が幽閉されていた、
あの建物の傍にいた鴉天狗だった。

先程に比べて、随分と態度に
余裕を感じるのは、気のせいだろうか。



「黒鴉殿が道場でお待ちだ。」

「はぁ?何でだよ?」

「いいから、早くしろ。」



告げるだけ告げて、
その鴉天狗は廊下を歩き始めた。

道場の場所も知らない蒼坊主は、
見失っては困ると追い掛けた。
足早にその姿を追い掛けると、
道場はすぐ近くで。



「入れ。」



ただ扉を指して言うばかりに、
その鴉天狗は立ち止まる。

てっきり先に入って行くものだと
思った蒼坊主は、勇ましい声の響く
その扉を、自分で開く僅かな勇気を
使うはめとなった。



「…!」



勇猛な武人の間(ま)を垣間見た時、
部屋の中心ではあの黒鴉の姿。
その彼が片手を上げた瞬間の、
部屋に満ちた静けさよ。

その痛い程の静寂を割って
道場に入れと、黒鴉の手が
蒼坊主を手招いた。



「蒼坊主殿、どうぞこちらへ。」



明らかに造った、形式的笑顔で、
蒼坊主を道場の中心へと呼んだ。

沢山の二ツ眼に囲まれて進む中、
到着した道場の真ん中は、
随分と居心地の悪いものだった。



「さて、始めましょうか。」

「え、ちょ…」



何を始めるのかと思えば、
黒鴉は上段の構えを取る。
しかも蒼坊主が足元を見ると、
棒術のための木棒があった。

なるほど。
どうやら組み手を御所望らしい。

蒼坊主はもう迷わずに、
棒を手に取った。



「始め!」



誰かの声の途端、ふたりは
一瞬にして間合いを詰める。

が、その次の動きは全く違った。
蒼坊主は上段に一打加えてみせる隙に、
黒鴉の足を払った。

しかし黒鴉とて素人ではない。
バランスを崩した体制のまま、
片手を軸に蒼坊主の顔面に蹴りを
入れようと脚を振り上げた。



「っ…!」



顔に似合わず大胆な攻撃だ。
そう思う蒼坊主の手は、
黒鴉の蹴りを防いだ棒の振動で、
ビリビリと痛みが走って。

一旦距離を取るため下がると、
面白いくらいに互いは息も上がらず、
周りは息を飲んでいた。



「…!」



その空気を感じていたであろう黒鴉に、
蒼坊主は胴に突きを入れた。

本来ならこれで大概の輩は倒れる。
しかし黒鴉は腹に撃ち込まれる寸前で、
棒を掴んでいた。



「…っ!」



棒と手の力比べ、ふたりは
道場の真ん中で睨み合う。

いつしか周囲には歓声と野次が満ち、
ふたりの会話など聞こえはしない状態に。



「おい…!」

「ッ、何…ですか?」



ギリギリと力が押し合い、
睨み合いの会話に息が低い。

力を込める中に、蒼坊主は
鬼太郎の存在を思い出した。

鬼太郎に不自由な思いを
させる原因が、目の前にいる。
そう考えると一層力が加わって。



「おい…俺が、勝ったら…
鬼太郎を自由にしてやってくれ…!」

「な、に…?」

「少しの、間でいい…だからっ…?!」



頼む。
そう言おうとした時、
蒼坊主の体は一瞬、空を回る。

何が起こったのか。
そう考える前に、背中は
床板にたたき付けられていた。



「っ…!」

「貴様は何もわかっていない!!」



歓声が大きくなった今、
蒼坊主以外にこの怒りを露にした、
黒鴉の声は聞こえない。

怒りを押し込める中に、
何か歯痒さが見えるのは、
殴りたい衝動か。



「一瞬の自由など虚しいだけだ…!」



二度と軽口を叩くな。

そう言った時、
道場の戸口が大きく開いた。



「大変です黒鴉殿!」



黒鴉と以前話した、
あの二人組の鴉天狗のひとりが、
息も絶え絶えに入ってきた。

ざわめく辺りの中、
中央に立つふたりは
立ち上がる。

まさか、



「鬼太郎様の食事に、毒が…!!」



周囲の騒然とする中で、
ふたりの男は駆け出した。




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