Ge×3

□SSS
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そう遠くない昔。
いえ百何年か昔ですから、
人は昔と云うのでしょうか…

とにかく私が一度だけ、
たった一度だけ一言、
死にたいと云った時、
貴方は泣いていました。

ただ泣いて、泣いて、
私の側に居ました。

雪深い、あの一際寒い日を。





「…落ち着きましたか。」

「……すまねぇ。」



ぐずり、と子供のように
鼻を鳴らす貴方の姿は、
その時私には大層幼く、
情けなくさえ見えました。

私にはわかりませんでした。
もう何百年と生きている妖怪の貴方が、
何故にそう簡単に死ねない私の戯言を
真に受けているのか、と。

今よりも浅はかで、
貴方を知らなかった私は。



「謝るなら何故、私の側から
去らないんですか…」



醜態を見せたくなければ、
私と居るのが辛いならば、
立ち去ればいいではないですか。
他の連中と同じように。

半ば疎ましさを感じながら、
私は何故泣いているか
わからない貴方を睨んだ。



「…私が死ぬのは、嫌ですか?」



意味の判らない怒りを抑えていながら、
私の声は随分穏やかでした。

その穏やかな問い掛けに、
貴方はこくこくと頭を縦に
振りました。



「…何故?」



もちろん以前からこの人が
私を好いていることは
なんとなく知っていました。
この人はあまりに不器用で、
馬鹿正直で、素直な人ですから。

そして私の質問にこの人は
予想通り頬を染めて口ごもりました。



「それは…お前が死んだら俺は悲しいさ。
だ……だって、俺は…お前が……」

「貴方は随分優しいんですね。」

「あ、…ああ。」



その先の答えを聞くことを
避けたいがために私は、
今こそ告げんとする貴方の想いを
優しさと銘打って片付けた。

頬を染めるのは貴方だけでいい。
私だけは貴方の様に恥ずかしい姿を
曝すまいと、思っていましたから。








「黒鴉…」

「……はい?」

「何笑ってんだよ。
また考え事か?」

「…いいえ。」



じゃあせめてこっち向いてくれよ。と、
抱きしめられた私の下腹部はまだ熱い。

この温もりを知った日も、
あの日からも、随分時間が
経ったような気がしましたが、
肉体はまだ衰えを感じない。



「ただの、思い出し笑いですよ。」



ただ記憶は違う。
たとえ脳も衰えていなくとも、
時間が経てば記憶は薄らぐ。

それは時々悲しく、
時々は助かると感謝する。



「…貴方は、」



言いかけて止めた。
この寒い夜から
あの日を思い出すのは、
私だけで充分だ。

貴方を弄んだ、
あの日の戯言を。



「なぁ、黒鴉。」

「はい?」



寝物語の夢現、
睡魔をさまようその時に、
背中の向こうから貴方は言った。



「"死ぬ"、なんて…
もう二度と言うなよ。」









覚えてては居ないでしょう。



いいえ、

寧ろ忘れて下さい。






*****************
何が書きたかったんだ私…

突発すみません!
おかえりはブラウザバックで。


題:椎名林檎…雪国より
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