短編小説

□映像屋
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薄暗い部屋の中で丸い電球がぼんやりと光っています。



「今日もお客さんは来ませんね…」




その電球を眺めながら私は呟きました。



やっぱり入りづらい外観のせいなんでしょうか。
なかなかお客さんは来ることはありません。


お店の中はいつ来てもいいように準備万端なのに。




「暇だー…」




だらんと机にうつ伏せた時でした。





キィ…





大分古くなった扉の開く音が聞こえて私は慌てて顔をあげました。





「いらっしゃいませっ」



私は奥からパイプイスを出しながら声をかけました。






お客様はセミロングの淡い栗色の髪をした私と同じくらいの若い女性でした。
薬指には銀色の指環があります。




やや緊張した面持ちでお客様は店に入ってきます。




「どうぞお座りください」

「あ、はい。ありがとうございます」




そこに腰かけたお客様は少しだけ珍しそうに辺りを見渡していました。





「本日はどのような映像をお望みですか?」

「……あの、…」

「はい?」

「ここは…私自身が覚えていない小さい頃の思い出も映像として見ることが出来るんですか?」

「はい。頭の中では覚えていなくても心の何処かに思い出は残っていますから」



私がそう言うとお客様は安心されたようにほぅと息を吐かれました。




「私が見たいのは父との記憶です」

「お父様との…ですか?」



そう尋ねるとお客様は微かに俯きました。



「私の父は私が三歳の時に亡くなったんです」

「そう、なんですか」

「私は父との想い出を何一つ覚えてないんです。…私を愛してくれてたのかさえも」


だから、とお客様は顔をあげました。




「三歳までの父との思い出が見たいんです」




真剣な様子のお客様に私はにこりと微笑みました。




「かしこまりました。ご用意いたします」








映像を見るための準備は簡単なものです。





私はお客様を奥の部屋へと案内し、よいしょと映写機を持ち出しました。



「…あの、」

「はい?」

「どうやって映像を見るんですか?」




毎回必ず聞かれる質問をされ、私は小さく微笑みました。



そして、ドアのすぐ横にあるカーテンで隠れた棚の中をお客様にお見せします。
中にはぎっしりとフィルムが入っています。



「これは映像を見るためのフィルムになります。この中からお客様自身でフィルムを選んでいただきます」

「私が、ですか?」

「お客様自身に選んでいただかないと意味がないんです」

「…分かりました」





すると、お客様は数あるフィルムの中から上から二段目の棚にある右から七つ目のフィルムを選ばれました。




「これで、お願いします」

「かしこまりました。では、準備しますのでこちらの椅子にお掛けください」




私はお客様をスクリーンの前に置いてあるクッションのきいた椅子に案内し、普通のカーテンと暗幕用カーテンを閉め部屋を暗くしました。





「ただいまより、上映を始めます。どうぞ、お楽しみください」





カラカラ…




映写機が動く音がして、スクリーンに映像が映し出されました。




映されたのは、若い男性の姿と小さな女の子。



お客様の息を飲む音が聞こえました。


きっと、あの男性がお客様のお父様なのでしょう。


映像の中の男性は女の子を抱き上げていて、2人とも幸せそうに笑っていました。




『愛してるよ』



その声は幸せと愛情に満ちていました。




『幸せになれ』




とても、暖かな声で。





そこで映像は途切れました。




「お、父さん…っ…お父さん…っ!!」




手で口元を覆いながらお客様はボロボロと涙を零していました。

私はそっと目を伏せ、見ないようにしました。



しばらくして、お客様は椅子から立ち上がりました。
目元が少し赤いです。



「ありがとう、ございました」

「あまりお見せ出来なくて申し訳ありません」



そう言えば、お客様はいいえと首を振りました。




「父は、ちゃんと私を愛してくれていました。それが知れただけで十分です」



そして、財布からお金を出そうとするお客様を私は止めました。



「お代は結構です」

「え…でも、」

「私と、お父様からの結婚祝いと言うことで」



悪戯っぽく笑いながらそう言えば、お客様は目を瞬き、そして微笑みました。


お客様は私に静かに頭を下げました。




「ありがとうございました」




今度は私は目を瞬きました。





「…どういたしまして」



そう返すとお客様は微笑んだまま軽やかな足取りで店から出て行きました。




「…お幸せに」




きっと、私の呟きは聞こえていなかったでしょう。





あなたも来てみたくなりましたか?



あなたの想い出を映してあげますよ。



ぜひ、『映像屋』へいらしてください。







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