『変わらぬ日常』



続く事を、願った。



この時間を、どうぞ緩やかに…――


†††




「ベルゼーヴァ閣下、お茶をお持ちいたしました」
「ああ、そこへ」
「はい」



女性士官は静かに紅茶をカップに注いだ。


だが、用意したカップは一つではない。
二つだ。


片方にはまだ紅茶は注がれていない。

もちろん、士官のものではないし、間違っている訳でもなかった。



「そろそろ、お越しになる頃かと」
「そうか」


書面から顔を上げる事もなく告げると同時に、


…―――トントン



「入れ」
「失礼します」



聞こえてきた女性の声に、ベルゼーヴァは顔を上げた。


入って来たのは青灰色の髪をもつ少女。


彼女は目が合うと、顔を綻ばせた。


その笑顔だけを見るならば、彼女は冒険者などには見えないし、ましてや"竜殺し"と呼ばれている事など、予想もつかないだろう。


それ程に少女の笑顔は優しく、柔らかなものだった。

士官は丁寧にティナの定位置である丸テーブルに紅茶を用意した。


「いつもありがとうございます」
「いいえ、お気になさらず。閣下に休息をとって頂くこの時間は貴重ですから」
「あはは……」


士官はベルゼーヴァとティナに礼をすると、部屋を出て行った。


ティナが椅子に腰掛け、紅茶に手をつけるのを確認してから言った。


「ティナ、久しく訪ねて来なかったな」
「あ、はい。最近仕事が忙しかったので…」
「ふむ、確かに君の噂はこちらまで届いている」
「…どんな噂なんですか?」


ティナは少し不安そうな顔をしている。

それが何だか可笑しくて、つい笑みを浮かべた。


「ベルゼーヴァさん、笑うような噂なんですか!?」
「いや…、君は冒険者だろう?ならば噂が広がるのは良いことだと思うが?」
「…でも、気になるんです。私は"私"でしかないですから」
「………」


"冒険者"も"竜殺し"も、彼女に違いはない。

だが―……


「…安心したまえ。私は、今、目の前に居る君を"君"として見ている。それ以上でもそれ以下でもない」
「ベルゼーヴァさん…、ありがとうございます」


また、彼女は笑顔を浮かべた。

本当に、こう見ると普通の少女だ。




…――無限のソウル―"インフィニティア"を宿す可能性をもつ少女。


そうであることを、忘れてしまいそうになる…


そして、この少女と過ごす時間は、いつの間にか自分にとって…――



「ベルゼーヴァさん、私そろそろ行きますね」
「ああ、また来るといい。…ティナ」
「はい。また、来ます」



最後にもう一度彼女は笑って、執務室を出て行った。





…――続いて欲しいと願うものになった。


他愛もない話や共に飲む紅茶も。

変わらないで欲しいと、ずっと。





――ファナティックよ

平等な運命と時の神よ…――



どうか、彼女と過ごす時間だけは緩やかに、穏やかに…




Fin.

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