捧げもの

□最初の一歩
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「これでよし、と…」


報告書の文章の最後にピリオドを打ち、羽ペンをペン立てに戻して、ぐっと伸びをする。
同時にでてきた欠伸のせいで視界が潤んだ。歪んだ窓の外が赤く染まっている事に今更気付く。
最初にペンを持ったのは、正午過ぎだった気がするのだけど。


「慣れない事をすると疲れるわね…」


以前まで、任務の報告書はネスティに任せきりだったが、交代制にしようと、トリスから申し出た。
彼は不審そうな眼を向けて、何か魂胆があるのかと聞いていたりしたが、今回に限っては至って真面目な理由からだった。


(頼りすぎてたからなぁ…)


思えば、いつもそうだった。

トリスの行動の後始末をネスティがこなしていた。
とはいえ、意外と自分はそんな関係が心地よかったのだけれど。


(でも、…)


あの旅の終わりから、二人の関係が変わって、傍にいる時間は更に増えて。


(でも、それは本当は…当たり前なんかじゃないんだ)


守らなくてはいけない、大切な時間であり、大切な居場所。
そして、それはきっと一人だけでは守れない。

後ろを付いてきてくれる兄弟子に任せてばかりではなくて、隣を歩く大切な人として、守って、支えることが、きっとそれらを守ることになるのだとそう思うのだ。
報告書の交代制はそんな思いから提案したのだった。


今はまだそんな事しか考え付かなくて、少しだけ歯がゆい。結果がすぐに目に見えるようなものではないから尚更。


そんな風にトリスが我ながら珍しく真面目な考え事をしていたというのに。

…――そういう時に限ってノックの音が聞こえるのは何かの嫌がらせだろうか。


「トリス、入るぞ?」
「あ、え、ネス!?どうぞ!」


そして何故、よりにもよって、彼が来るのだろう。
そう考えながら、少しだらけていた姿勢を反射的に直し、ドアの向こうに声を投げた。

慣れた様子で部屋へ入ってきた兄弟子――ネスティは机の上に乗った紙束を見つけたようだ。


「報告書は書き終わったのか?」
「うん、たった今。確認するでしょ?」
「ああ」


近づいてきた彼に報告書を手渡すと、彼はベットに腰かけて、すぐに目を通し始めた。

さすがに読み進めるのが早い。
眼鏡の奥の瞳が忙しなく紙の上を往復するのを、少し緊張しながら見つめる。

そして、数分で最後の一枚を読み終わると、束を揃えて、トリスに向かって差し出した。
少しだけ口元に浮かんだ笑みが、結果を先に教えてくれる。


「どう?」
「君にしては上出来だ」
「“しては”は余計でしょ!」
「普段の君を見ていれば当たり前の感想だろう?」
「むー」


確かにデスクワークはお世辞にも得意ではないけれども。
むくれた顔をして見せたけれど、それは直ぐに笑みに代わる。

掛け合いの最中も彼は笑っていて、こちらに向けられる視線は優しかったから。
けれど、ふっと彼の笑みは消えて、今度は真剣な表情が浮かぶ。


「それにしても、どういう風の吹きまわしだ?君が報告書を書かせて欲しいだなんて」
「う…、そ、それはぁ…っ、あは、あはははは…っ」


ごまかすようにへらりと笑ってみせると、真剣なだけだった彼の顔が険しさを増した。
…けれど張本人を前にそれを話すのは中々に恥ずかしいのではないだろうか?
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