捧げもの
□初めての休日
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三日ぶり、否、夜半を過ぎたから、四日ぶりの帰宅であった。
「お帰りなさいませ、ベルゼーヴァ様」
「ああ…」
「奥様がお待ちになっております」
「…まだ起きていたのか」
そう呟いて、主人の帰りを待っていた使用人へ外套を押し付けると、すぐに寝室へ向かった。
普段から仕事量が多いとはいえ、政庁の仮眠室に世話になるほど処理は遅くない。
だが、今回は「仕事をしない休み」を取ろうとして、その分、仕事量が倍増してしまった。
今の役職に就いて、本当の意味の休みは初めてだったが、家族と一日を共にしたいから、という理由で休みを取ったのも初めてだった。
彼女――ティナがベルラインを名乗るようになって約二カ月。
今回のように家を空けたのは初めてだった。
眠る前に思うのは彼女の笑顔だった。
会いたくて、会いたくて。
ともすれば早くなりがちの歩みに少しだけ、戸惑う。
(これでは、年端のゆかぬ子供と変わらないではないか…)
けれど、結局。
寝室のドアが視界に入った瞬間、足音をたてさせない絨毯に初めて感謝して、ベルゼーヴァ・ベルライン帝国宰相は足を速めたのだった。
「…………」
寝室のドアを閉めた態勢のまま立ち尽くす。
ろうそくの灯りが作り出す橙色の部屋のベッドに一人の女性が俯いた姿勢で座っていた。
本来は青灰色の艶やかな髪が、橙色の光にあたって優しげな光沢を作り出す。
頭が小さく頷くように動くたび、その髪がさらさらと彼女の顔を隠した。
妻は夫の帰りを確認する前に眠ってしまったらしい。
先ほどはもう寝ていても構わないと思ってはいたが、実際眠っているのを見ると、少しだけ苛らつきにも似た感情が胸に渦巻いた。
(それこそ大人げがない、か)
極力音をたてないように歩み寄って、ゆっくりとベッドの上に体重を乗せる。
顔を覗き込むと、穏やかそうな寝顔が見えて、先ほどから眉間に刻まれていた皺が一層深くなる。
何も頬に涙の跡を期待したわけではないが、こうまで穏やかな寝顔をさらされるのは、正直面白くない。
かといってどうすることもできずに、むっとした顔のまま、彼女を見つめ続ける。
意地のように見つめ続けること数分。
さすがに馬鹿らしくなってきた。
(眠るか…)
そう思った瞬間。
ぱちり。
彼女の眼が開いた。
「……っ」
「きゃっ!」
驚いて身を引くと、彼女も小さな悲鳴とともに彼女も身を引いた。
…―おそらくベルゼーヴァの不機嫌な顔を真近に見たせいで。