捧げもの

□無くせない温もりを
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レムオン・リューガは淡い月の光が照らす床板そのままの廊下を歩いていた。
窓から見える月は大きく丸く、その美しさはつい足を止めてしまいそうになる程だ。
だが、足を止める事はしない。

恐らく、めったに見せない悲しい顔をしてこの月を見上げているだろう彼女の為に。


(あいつは一体どうしたのだ?)


時はその日の夕方に遡る。
レムオンが義妹であるイルティと共に旅立ってから、初めてロストールへと帰ってきていた。
もっとも、外出すれば彼女が心配するだろうと考え、ずっと宿に籠もっていたのだけれど。


だから、レムオンを気にかけてなかなか外出しなかった彼女が『すぐに戻るから!』と言って、どこに行ったかなんて解らなかった。
ましてや、帰って来てからやけに落ち込んでいる理由など、解るはずもなかった。


(きっと、あいつはあそこにいる)


一時間以上前に、彼女は皆が眠る部屋から出て行った。
まだ浅い眠りを漂っていたから、軋んだベッドの音で目が覚めてしまったのだ。
そして、昼間の落ち込んでいた彼女の姿を思い出した。

眠れない時、彼女がテラスで星を眺めている事を最近知った。
多分、彼女はそこにいる。そう思いながら、最後の角を曲がった。


「………」


月の光で伸びたイルティの影を踏んで、独りで月を見上げるその意外と華奢な背中に目を細めた。

彼女は潜めていた訳でもない足音にも気付いていないようだった。そんなにも彼女の心を捕らえているのは何だろう。


「――イルティ?」
「―――っ!」


声をかけると、びくりと肩が震えて、間をおかずに髪を翻してこちらを向いた。


「に、兄様っ?」
「そんなに驚かなくても良いだろう」


そう言って、彼女の隣に立った。


「う…ご、ごめんなさい」
「謝る必要はない」


申し訳なさげに俯く様も、次いでこちらを見上げる仕草も何時もと変わらない。


「どうしたの?こんな時間に…」
「…それはこちらのセリフだ」
「あはは…、それもそうだね」


笑らう彼女のその笑みには屈託などありはしないのに。


「何を、悩んでいる」


気付いた時にはそう問うていた。
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