捧げもの
□Reason
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「……入りたまえ」
ノックの数瞬後に聞こえた平坦な声に微笑んで、静かにドアを開けた。
「失礼します」
最初に目に入る沢山の書類が乗った重厚で威圧感のある机。
その机にかけて軽く顔を上げたのは、こちらも威圧感たっぷりの帝国宰相ベルゼーヴァ・ベルラインだ。
いつものように黒い髪を立てて黒い制服に身体を包んだ姿を見るのは約三ヶ月振りだった。
「ティナ」
「はい、お久しぶりです、ベルゼーヴァさん」
自然に浮かんだ笑顔のまま言って、頭を下げた。
顔を上げると、彼は羽ペンをペン立てに立てかけていたから、仕事を中断してくれたのだと解る。
嬉しくて、また、新たに笑が浮かんだ。
視線をこちらに向けた彼は、口角を釣り上げて愉快そうに笑う。
「久しぶりだな、竜殺し殿?」
「…ええ、本当に。でも、できれば竜殺しは止めて頂けると嬉しいです……」
「ふ…すまない。…だが、本当に久しいな」
「はい。最近、エンシェントに行く依頼もなかったですし、依頼元から依頼先までにエンシェントを通らなくて……」
そう言ってる間に、彼は立ち上がり応接用の椅子に腰掛けると、向かいを手振りで私に進めた。
私も腰掛ける。
「…ふむ、流石に冒険者だけあって何事も依頼優先か」
「ええ。それが仕事ですから」
行きたい場所があっても、パーティーのリーダーとしては自分の思いだけで行動すべきではない。
きちんとした理由もなく行動すれば自分が許せなくなりそうだったから。
どこか納得したように頷いている彼を見つめながら思う。
(例え貴方に会いたくても……、いえ、会いたいからこそ、私は此処に来ることができなかったんです)
いつもなら、任務でエンシェントに訪れる際に此処へ来ていた。
けれど、いつしか怖くなった。
自分がこの任務を選んだのは此処に来たかったからか、と。
だから、意識的にエンシェントを目的地とするものや、経由する依頼を受けなかった。
(今回は名指しで頼まれてしまったから、受けましたが…)
そして、エンシェントへ来れば此処を訪れずにはいられない自分は本当にずるい。
けれど、目の前のこの人はきっとこんな迷いは無いのだろうと思う。
私の中のベルゼーヴァという人は、どこまでも人類の革新という目的に沿って行動する人だったから、きっと彼の判断基準はそれにつきるのだと思う。
(羨ましいかもしれません)
大事な人達の為に、真っ直ぐに目的へ進めたなら。
けれど、彼の口から発せられたのは同意の言葉だった。
「それは解らなくもない」
「…そうなんですか?」
首を傾ける私に彼は苦笑を浮かべて見せた。
出会った当初と比べて、沢山の表情を見せるこの人に私はなかなか慣れない。