Summon Night

□涙の後
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「ご主人、大丈夫ですか?」
「うん……ありがと」


シンゲンは珍しく自ら緑茶を入れてフェアの前に置いた。


フェアは気まずそうに視線をずらす。


「ご、ごめんね?取り乱して」
「いえいえ、気にしないで下さい。元はと言えば、自分が何にも言わずに出て行った所為なんですし」


いつもの調子のシンゲン。

違うのは……私の方。



…――言わなくては。

自分の気持ち。

何故、行かないで欲しいのか。


「ね、シンゲン。私……」



けれど、



「…ご主人?」
「…………私」



彼が求めているのは、"大切"だろうか?


……多分、違う。


『行かないで』なんて言えないかもしれない。こんな気持ちでは。

自分には彼を引き止める理由が無い。



「ごめん……何でも、ない」
「……ねぇ、ご主人」
「何?」


やっとのことで、シンゲンに目線を合わせる。

彼は少し笑っていた。



「自分はね、さっき本当は嬉しかったんですよ」
「ふぇ……っ?」
「ご主人が自分に行って欲しくないと思ってくれたことが、です」



本当に嬉しそうな彼の声。

だけど、その声音に余計に自分の言葉の無責任さが、胸を締め付ける。


「私、あんな事言えないのに…」
「何でです?」
「だって、"好き"かどうか解らないんだもの」
「ご主人……」


彼は自分にとって特別なのだろう。

それは、解る。



けれど、この感情が"好き"なのか解らなくて。


「こんな中途半端なのに…」



嬉しいと、思われる資格はない。


「いいんですよ、今はまだそれで」
「シンゲン……」


彼は優しい顔で、フェアの頭を撫でた。


「貴方が、私を選んでくれるまで、ずっと此処に居ますから」
「……けど、私が他の人を選んだら…」
「ええ、大人しく出て行きます」



(また、だ)

胸の痛み。

彼の「出て行く」という言葉が自分は辛い。

自分勝手な痛み。


多分、また私は泣きそうな顔をしていたのだろう。



「そんな顔をしなくても、自分はそう簡単に出て行きませんよ」
「え、さっき"大人しく"って」
「だから、ご主人が"選んだら"ですよ」



キョトンとした顔で見つめる私に、彼は面白そうに笑ってみせる。


「選ぶまではとことん邪魔をさせていただきます」
「な……っ!?」
「当たり前でしょう。……私だって、貴方を失うのは怖いんですよ」


呟かれたその言葉はとても真剣な響きをしていた。


「だから、それ位は許してくださいよ?」
「……解ったわ」



フェアはやっと笑顔を浮かべてみせた。

失いたくない気持ちは、多分一緒だと思ったから。


「待たせているのは私だもの」
「ゆっくりでいいんですよ。傍で、待っていますから」



優しい言葉。


(ありがとう)



心の中だけで呟いて、

勢い良く立ち上がった。


「さぁ、シンゲン!仕込みが遅れてるんだから、手伝って!」
「えーー」
「元は貴方のせいでしょ!」



踵を返した背中のほうで、「はいはい」という彼の声を聞いて。



フェアはこっそりと嬉しそうに笑ったのだった。





END.
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