Summon Night

□手を伸ばしたその先に
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リプレの手伝いや子供達と遊ぶ間に、足早に時間は過ぎていき、空は茜色に染まりつつあった。
洗濯物を取り込みながら空を見上げると、もうすぐ今日一日が終わってしまう事に、否応なしに気がつかされる。

私は、今日一日で何ができただろう。

そんな考えが浮かんできて、何かをしなくてはと思う。でも何を?
取り込んだ洗濯物をリプレへと渡し、どうかした?と問いかける彼女に散歩へ出かけると伝えた。


特に行き先は決めていなかったけれど、歩いた方向に公園があったから、中へと進む。
誰もいない公園は、陰り始めた橙色の陽の光に染められている。
ベンチに座って、帰り途を急ぐ人々と、これから歓楽街に向かうであろう人々を眺めながら、ふと気付く。

(あの日も公園にいたんでしたね)

ここではない世界の夕陽が染める公園で、一人ブランコに座っていた。
何とはなしに、地面に着いている足に力をいれても、体は揺れない。
それに安心したのか、がっかりしたのか解らなくて、何となく空を見上げる。
空は端の方から藍に染まって来ている。

(こんな風に一人で不安でいるのは、あの日以来…)

この世界に呼ばれたあの日。全ての始まりの日。
見知らぬ場所、見知らぬ人々の中で混乱していた自分。
そう、そんな自分に理由と世界の名前をくれたのがレイドだった。
頼るべき人として選んだ理由はそれだけ。

そう、初めはそんなちっぽけなものだったのに。

…――事ある毎に彼と色々な事を話した。
自ら事、お互いの世界の事、彼の過去やこれからの事。

そして、あの魔王召喚へと繋がっていく事件の中で彼という人間を知っていった。

優しい人。強い人。弱い人。どこか自分に似ている人。

いつか根ざした信頼は花を咲かせたけれど、その色や香を知る事さえ、きっと許されない。
何も知らない方が、きっと手折る事が楽に感じられるはず。

(私は、誓約者だから)

自分にしかできない事がある。

神話の昔、世界に張られていたという強い結界を再生すること。
そしてそれを張ってしまえば、召喚も送還も意味を成さなくなる。
だから、その時には、"0"に戻そう。

視線を落とすと、先ほどより薄暗くなった通りと、行き交う人々がが見える。
彼らはこの世界にいられるけれど、自分は違う。
あの頃、学校からまっすぐ家に帰りたくなかったのは、ただただ続いていく毎日に抗いたかったから。
同じように帰り道を急ぐ人たちに流されたくなかったから。

それなのに、今はこんなにも、彼らがうらやましい。

帰りたくない。
そして、この世界で出会った人達と離れたくない。
あの優しい人々と、誰より、自分の中で多くの比重を占める、たった一人と。
いつしかそれは、望郷の思いを塗りつぶしてしまった。

(私は欲張りかもしれません)

誓約者としての使命と、アヤという人間の望み。それらは両立しないのに、選べないでいる。
きっと優先すべきは使命の方で、私はその使命に望みを重ねているだけ。
だから、できるだけ早く結界をはらなくてはいけなくて、こんな風に無為に時間が流れるのを眺めているべきではないのに。

解っている。解っているけれど…。
また、考えが堂々巡りへ陥りそうになった時。

「アヤ?」

考えこんでいたせいか、思った以上に近くから声が聞こえるまで、その人の存在に気付かなかった。
聞こえた声の主がその人である事を一瞬信じられなくて、先程より濃くなった夕闇の中から彼の髪と瞳を見つけてから、ようやく声をあげた。

「レイドさん…」
「こんな時間にこんな場所で…どうしたんだい?」

鎧を脱いだ軽装の彼は、座っているアヤに視線を合わせるように屈みながら、顔をのぞき込んでいた。
本当に、何故気づかなかったのか。

その心配げに歪められた顔を見て、胸が締め付けられる。
騒ぎ出す感情が何なのか、私は、判らない。
でも。

アヤは微笑む。精一杯に。

「…散歩、です」

決して自らの望みを選ぶ事はできない、そう思う。
選んだ答えにどれだけ正しい理由があったとしても、私は私情を挟まなかったと胸を張ることはできないから。
選んでしまえばきっと。

私は、その罪悪感に耐えられない。


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