短篇

□陽だまりの部屋で
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 日付が変わろうとする頃、残業
を終え疲れ果てた俺は普段どおり
自分一人が暮らす部屋に帰った。
はずなんだ。

「ん……?」

 しかし真っ暗であるはずの部屋
から何故か光が洩れている。今朝
電灯を使った記憶はないので消し
忘れたのではない。ならば何者か
が侵入したということか? 空き
巣、あるいは……。考えても埒が
明かない、そう思った俺は、意を
決して扉(鍵は閉まっていたので
外してから)に手をかけゆっくり
と開けた。
 目に飛び込んできた光景に俺は
唖然とした。ちなみに空き巣では
なかった。

「……幽霊ですか?」

 部屋にいたのは、見知らぬ女の
子(推定年齢は九歳くらい)だっ
た。鍵が掛かっていたにも拘らず
一体全体どうやって進入したのだ
ろう。新手の泥棒か? しかし、
部屋を荒らされた様子も少女が慌
てている様子もない。それならこ
れはもう幽霊しかないだろう(心
当たりはないが)と思い、率直に
尋ねてみた。ら。

「違うわよ」

 ……と、ばっさり否定され安堵
した自分がいたことは、否定でき
なかった。

「お前は何者だ。どうしてここに
いる?」

 だいぶ落ち着いてきた頃、最初
から落ち着きっぱなし(若干憎た
らしいほどに)の可憐な少女に肝
心なことを尋ねた。

「客人をもてなすことも出来ない
の? 私、待ちくたびれちゃった
んだけど」
「そんな偉そうな客がいるかよ」

 可愛らしい外見に騙されるとこ
ろだったがこいつ、めちゃくちゃ
口悪い。仮にも女の子だろ、親は
どんな教育してんだ、と思ったら
ジェンダー何たらで怒られるのだ
ろうか。
 ワンルームの真ん中に置いたち
ゃぶ台に向かい合って座り、俺が
急いで買ってきたオレンジジュー
スを不機嫌そうにストローで啜る
少女を頬杖付いて観察してみる。
……うん、見目は確かに可愛い。
くるんと上がった睫毛は天を目指
すかのように伸び、すっぴんなの
に色付いて見える頬と唇は、真っ
白な肌(これも天然なんだろう)
にとても映えている。ってなんか
ロリコンみたいだな、俺。

「何じろじろ見てんのよ」
「何でもねえよ。それよりそれ、
飲み終わったらさっさと帰れよ」
「ひっどーい、こんなに暗いのに
レディを一人で帰す気?」

 時刻は午前零時過ぎ。確かに外
は暗いと言える。が、ここで流さ
れてはいけない。

「ガキ相手にレディもへったくれ
もあるかよ」
「どっかの変態に襲われたらどう
してくれるのよ」
「……判った、家まで送れば良い
んだろ」
「誰もそんなこと言ってないわ」
「は?」

 間の抜けた声で聞き返す俺に、
信じられない! とでも言いたそ
うな少女の顔。俺、変なこと言っ
たか?

「帰れるものなら、あんたが帰っ
てくる前に帰ってるわよ」
「帰れば良かったのに」

 そしたら俺はこんな馬鹿な問答
をせずに済むのに。俺の台詞が気
に障ったのか彼女はわざとらしい
くらいの溜め息を吐いてこう言い
放った。

「帰ろうとしたけど、帰れないの
よ」
「え?」

 訝る俺を睨み付けるように彼女
は言う。

「部屋から出ようと思っても、出
たと思った瞬間には中に引き戻さ
れてるの」
「そんな馬鹿げた話があるか」
「私だって信じたくないわよ。だ
けど現にそうなんだから仕方ない
じゃない」

 理由なく知らない男の家に上が
り込んで帰宅を待つなんて、ふて
ぶてしい成人女性でもやらないだ
ろう。まして未成年なら尚更だ。
確かに妙な事態だが、かと言って
見ず知らずの少女の言い分を鵜呑
みにするほど俺は馬鹿でもない。

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