短篇

□Melodious Lovers
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 耳によく馴染む旋律。小難しい
理屈は抜きにして、私はこの曲が
好きだ。

「よく判らないけれど……まるで
条件反射みたいに『そう』なって
しまうのです」

 目の前で小首を傾げて苦笑いを
する少女とは昨日街で出会った。
見たところ十七、八歳だが事実ど
うかは判らない。彼女の物腰には
洗練された品の良さを感じるが、
別に知りたいとも思わないため訊
くことはしなかった。この時世、
何が正しくて何が間違っているか
など自分の物差しで計れば良い。
だから私は彼女を十七、八歳とし
ている。それで何の問題もない。

「パブロフの犬のようですね」
「ええ。それが一番近いかも知れ
ません」

 この少女がこの曲を知る数少な
い仲間だと聞いたときは、驚いた
と同時に嬉しかった。だから私は
家に招いたのだ。

「でも、驚きましたわ。在原様も
この曲がお好きだなんて」
「確かに、この曲と出会える人間
は実に稀ですから。ですが聴けば
必ず虜になる、そんな魅力のある
曲だと私は思いますよ」
「それは同感ですわ」

 ころころと笑い、少女は言う。
紅潮した頬は、頬紅であるかのよ
うに彼女を美麗に仕立て上げてい
た。それは私の欲目だろうか? 
いや、たとえそうであっても構い
やしないのだが。先程も述べたよ
うに、私の判断は全て私の物差し
で行うのだから。

「そうだ、乾杯しましょう。良い
ワインを頂いたんです。ワインは
お嫌いですか?」
「いいえ、大好きですわ」
「それは良かった。すぐ用意致し
ます」
「お手伝い致しましょうか」
「貴女はお客様ですから。どうぞ
座ってお待ち下さい」
「では、お言葉に甘えさせて頂き
ますわ」

 私は椅子から立ち上がると退室
の前にレコード・プレイヤーに近
付いた。セットするのは、もちろ
んこの曲。美しいメロディが鳴り
出してから私が肩越しに振り返る
と、彼女は目を閉じ陶酔している
ように曲に没頭していた。その様
子に私は微笑み、ワインセラーに
向かった。

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