短篇

□事実は小説よりも奇なり
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 ──喩えるなら百合の花。
 ひなびたコンビニで漠然と店長
を勤める俺にとって、彼女の存在
は救いだった。大した楽しみもな
く、与えられた仕事を着実にこな
すだけの毎日。妻も子もない俺は
うんざりするでもなく、ただ黙々
と働き続けていた。
 そんな俺に、ある日天使が舞い
降りた。真っ暗な先行きにまばゆ
い光が射し込み、人生が薔薇色に
なったとさえ思った。それくらい
俺にとって劇的な出来事だった。
 彼女は見たところ、俺と同じか
少し若いくらいの年齢──つまり
三十歳になるかならないかくらい
で、いつもぱりっとした印象のパ
ンツスーツに身を包んでいた。お
そらくOLなのだろう。所帯染み
たところは感じられなかったため
独身だと予測していた。購入して
いる品物もファッション雑誌など
食品以外のものが多かったので、
自炊しているのだろうと思う。働
く女性として、素晴らしい人だと
俺は思った。
 店に彼女が来てくれるだけで、
俺はその日一日幸せな気分で働く
ことができた。もしかすると惚れ
ていたのかも知れない。店員と客
の叶わぬ恋。それでも良かった。
実らせるつもりなどさらさらなか
ったし、見ているだけで充実した
日々を過ごせたのだから。

 その日も彼女は来た。時刻は夜
の七時。本日発売の雑誌と五百ミ
リリットルペットボトルのお茶を
一本ご購入。今日は運良く俺が担
当しているレジに来てくれた。商
品を読み上げる声とお釣りを渡す
手が、情けなく震えた。ていねい
なお辞儀で彼女を送り出し、俺は
その後も、少し浮かれた気持ちで
レジを打っていた。
 午後十時を過ぎた。客足がまば
らになってくる時間帯だ。しかし
最近では中高生が店頭などでたむ
ろしていることが多かった。時代
柄、どのコンビニでも同じだとは
思うが、一体親は何をしているの
だろう。共働き家庭も多く、放任
主義の家も多いということなのだ
ろうか。だが遅い時間にうら若き
青少年が外出しているということ
に、世代の違う俺は慣れられない
でいた。
 独身の俺が人様の家庭に文句を
言うのはお門違いだと自分でも思
うのだが、実害のある場合は仕方
がないとも思う。遅くに出歩く若
い連中は、もちろん全員ではない
が、たいがい問題事を起こす。こ
の日もそうだった。十代の男子が
一人、万引きをしでかした。
 万引きをする前の人間というの
はすぐに判る。それは、ほとんど
の人間が必要以上に辺りを見回し
ているからだ。店内にいる人間の
位置を把握するためなのだが、人
の少ない店内では、かえって目立
ってしまう。店員は「三回以上目
の合った客は要注意」という教育
を受けているため、そういう客を
見つけたら常に目で追っているの
だ。そのことを知らない青少年は
見られていることに気付かぬまま
欲しい商品を鞄やポケットに入れ
る。この時点でほぼ万引きは確定
しているが、まだ捕らえることは
できない。万引きとは店から出て
初めて成立するものなのだ。

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