短篇

□Melodious Lovers
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「お待たせ致しました」
「あら、もうお戻りになりました
の」
「ええ。お邪魔でしたか」
「とんでもないでございますわ。
意地悪なお方、お戯れ言を仰るの
ね」
「はは、勿論判っていますよ」

 彼女との間に置かれた丸テーブ
ルの上に、運んできたワインとワ
イングラスを置く。彼女の目がき
らきらと輝いたように見えた。

「ロゼですのね。綺麗な色……」
「口当たりもとても良いんです」
「何という銘柄ですの?」
「『メロディアス・ラヴァーズ』
と言います」
「まあ、素敵」
「私たちにぴったりでしょう。今
日という日を祝うに、相応しいと
思いませんか」
「ええ、まさしくそうですわ」

 恍惚としている彼女にグラスを
差し出し私もグラスを手にする。

「貴女と出会えた奇蹟に。乾杯」
「乾杯」

 グラスを彼女のほうに傾けて、
口をつける。咥内に広がる程良い
甘さ。アルコールもさほどきつく
なくさっぱりとしているので女性
でも飲みやすいのではないかと思
う。私も酒豪ではないため、これ
くらいがちょうど良い。本当に、
良い酒を貰ったものだ。

「今まで飲んだどのお酒より飲み
やすくて美味しいですわ」
「気に入って頂けたようで、私も
光栄です」
「もう少し頂いてもいいかしら」
「ええ、もちろん」

 見ると、彼女のグラスは既に空
になっていた。余程気に入ったの
だろう。私は頬を緩ませ、彼女の
グラスにワインを注いだ。

「……ねえ、在原様」

 更に一杯を注ぎ足し、それすら
も飲み干した彼女は立ち上がり私
の背後に回り込んだ。何をする気
かとじっと待っていると、ノース
リーブからすらりと伸びる白くて
細い腕が私の首を捉えた。ゆった
り回されたそれに、私は自分の手
を添える。彼女は耳元で囁いた。

「先程、わたくしの話をお聞きに
なりましたわね。この曲をおかけ
になったということは、期待して
もよろしいのかしら」
「どうご判断なさるかは貴女次第
でございますよ」
「本当に意地悪ですのね」
「そうですか? 貴女がどう判断
なさろうと私は構いませんから、
つい」
「……やっぱり意地悪ですわ」

 そんなところも素敵なのですけ
れど。そう言った彼女は私の首を
解放すると、今度は前にやってき
た。一言「失礼」と声をかけ、私
の膝に腰掛ける。両腕を私の首に
回し、目を合わせてきた。漆黒の
澄んだ澄んだ瞳。少し潤んで見え
るのはワインの所為か否か。至近
距離。彼女は視線を外さない。

「在原様……わたくしを、貴方の
女にして下さらないかしら」
「それが、貴女の判断ですか」
「ええ。そして望みでもあります
わ」

 彼女の真摯な瞳に、私が映って
いるのが見える。彼女は私をどん
な男だと思ったのだろうか。それ
は彼女の物差しだから私には判り
得ないのだけれど。

「判りました。これからの貴女の
時間を、私が頂きましょう」
「一生を捧げてもよろしくてよ」
「これはこれは、お戯れ言を仰い
ますな」

 私がおどけて言うと彼女は可笑
しそうに笑った。その様子をどこ
か客観的に見ていた私は、思い出
したように耳を澄ませた。
『美しい』以外の形容が思い付か
ないほど圧倒的な旋律は小川のよ
うにさらさらと流れ続けている。
止まることを知らぬ様はまるで時
間のようだ。これからの、私たち
の。

「この曲を聴くと恋をしたくなり
ますの」

 私は曲だけでなく、そう言った
彼女にも惑わされてしまったのだ
ろうか。本当に意地が悪いのは、
居るとも知れない神ではないか。
 私はそう判断する。


           【了】 



■ 奥付 ■□■
平成18年度部誌
第一号【音】掲載
発行≫2006/04/16
御題≫『音』

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