短篇

□please call my name
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「お前ら喧嘩ばっかしてほんっと
飽きないよな」

 むしろこっちが呆れるっていう
話。毎日毎日喧嘩して、いったい
何が楽しいんだか。それとも喧嘩
するほど何とやらってやつか?

「もう今日という今日は絶対に許
さない! 今度こそ別れてやるん
だからっ」

 いらだちをアルコールにぶつけ
て声を荒げる真弥。姐さん、目が
据わってますけど帰りどーするん
すか。部屋の中央に置いた丸テー
ブルの向こう側で、忙しなく手と
口を動かしながら彼女は内に溜め
込んだ怒りをぶちまけていた。
 考えるだけ無駄だとは思うが、
こいつの中に思いやりという概念
はないのか?

「判ったから、少し落ち着けよ」

 言いながら立ち上がり彼女の隣
に移動する。そして腰を下ろすと
肩を叩いて宥めてやった。

「慎一もひどいと思う? 圭介の
アホのこと」
「まぁ、ちょっとやりすぎだとは
思うけど」
「そうだよねぇ」

 すると彼女は俺の肩に頭を預け
てきた。それは酔っ払ったときの
彼女の癖だった。女友達──それ
も親友の恋人──の癖をわざわざ
把握している自分は相当愚かだと
思うが、仕方ない。彼女のこと、
よく見ている証拠だから。

「……あたし、慎一と付き合って
たら良かったのかな」

 暫く黙り込んでいたため寝てい
るのだと思っていた彼女が唐突に
そんなことを言い出すものだから
俺は心の中を読まれたのかと思っ
てかなり焦った。ほんと、心臓に
悪い。

「恋人ができてから言うことか、
それ」

 さりげなく肩に手を回して擦っ
てやる。奥底に眠る感情にはきつ
く蓋をしたままなのだからきっと
これくらいなら許されるだろう。
ある程度の重みを肩に感じながら
嬉しさと虚しさを同時に味わった
ような気になった。

「恋人、か……」

 ──『好き』だけじゃどうにも
ならないのね。

「真弥?」

 名前を呼んでみても、聞こえて
くるのはおだやかな寝息だけ。ど
うやらそのまま眠ってしまったら
しい。俺は彼女の体を抱き上げて
ソファに寝かせ、風邪をひかない
よう布団をかけた。すると圭介、
と彼女が寝言をこぼしたから。

「……ほんと、どうにもならない
よな」

 この宙ぶらりんな気持ちはいつ
かきっと断ち切ってしまうから、
今、この一瞬だけは。独占しても
いいだろうか。

「ごめんな、真弥」

 アルコールの香る唇に自分のそ
れを重ね合わせる。これは永遠に
内緒の、俺だけの秘密。

「さて、と」

 傍に置いておいた自分の携帯を
手に取りメモリを呼び出して電話
をかける。相手はもちろん。

「よう圭介。うちにいる傍迷惑な
お姫様、連れて帰ってくれるか」

 早く来いよ。俺が攫ってしまう
前に。

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